英語の授業

一応英語教師をしているが、日々勉強って感じ。
特に授業のやり方については毎回、悩んでいる。勉強する、何かを学ぶというのは、当然のことながら本人のやる気の問題であって、教師の問題ではない。しかし、興味を持たせる、方向を指示する、というのは教師の問題である。いかに、学ぶことが楽しいことかを伝えたいと思っている。
もちろん、英語の構造について少しでも授業の中でわかってもらえれば、いいのだが、学ぶことの楽しさのほうをむしろ教えたい。

しかし、当然学校側の要求との間に立ち、自分の授業を組み立てていくことになる。
私はとにかく英語の授業では英語の構造、英語を話す人の発想を学んでほしいと思っている。
実生活で英語を使う場合、かなりの確立で辞書が使用可能だ。会話であっても、わからない単語は聞き返し、辞書で指し示してもらえば意思は通じる。

しかし、構造はわからない。

構造などと言うと難しく聞こえるが、ただ英語は主語がきて動詞がくる。という基本的なことだ。

私は英語学専攻ではないので、難しいことはわからない。しかし主語がきて動詞がきて目的語がくる、ということが、つまりこの発想の順番が大切だと思うのだ。

英語では関係代名詞とか、関係副詞とかあるが、これも英語では「説明はあとから加える」「重要なことは先に言う」という英語の発想がわからないと、理解しにくい。

文章を日本語の構造に置き換えて読んでいてはいつまでたっても、長文を読んだり、耳で聞いただけで英語を理解できるようにはならないと思う。
ひっくり返さずに、前から言われたとおりの順序で頭に入らない限りいつまでたっても英語はできるようにならないと思う。

こういう主張はもう、あたりまえすぎる主張であるが、、、。
でも、生徒は日本語に置き換えたがるので、そのギャップを埋めるのが大変だ。
しかも、訳を書かせるタイプの受験を控えた学生には、少し不利かもしれないし。
なぜなら、前から訳していくとどうしても、きれいな日本語にはならず、その訳では
本当に英語の意味がわかっているのか逆に疑われてしまいかねないからだ。

その構造を理解するために、私が授業で試みていることは、小さな意味の塊ごとにスラッシュを引き、ひたすら前から訳すことである。
そしてその都度、前から訳すことの意味を繰り返し述べている。

生徒にどれだけ通じているかは、わからずいつも不安だ。
そして日々、試行錯誤の繰り返し。(ふー)
しかし、先生の情熱みたいなものが生徒には通じるとは思うので、自分の心の元気だけはいつももって授業に取り組みたいと思っている。